とある一日

9月某日。
異常気象と騒がれた夏も終わり、季節は爽やかな秋。

単に外を歩いているだけなのに、身体を切る風がとても心地よく感じる。
こんなに気持ちイイので、つい立ち止まって、
一つ詩を詠んでみたくなった。

秋の日の
    葉っぱを揺らす
           そよ風が
               原っぱ翔けて
                     そらへと上がる

こう自分の中で呟いて、また歩き出した。
いつもの街へと向かって。

……………………
……………………

電車からその街の駅のホームへと降り立つと、また風が吹いた。
相変わらず気持ちいい。

そういえば、この街も名前の通り、たぶん昔はこんな風をいっぱい感じることができたのだろう。

けど、今は残念なことに都会然とした無機質なビルが立ち並んでいて、ビル風や電車の風ぐらいしか、感じられなくなってしまった。
悲しいことだ。

そう思っていると、何やら耳に五月蠅い声が聞こえてきた。

「……る。消費者がもっと頑張らなければいけないんです。
今、この国は弱者である生産者と自分勝手な消費者との
不安定なバランスで成り立っている。さらにだ、
その間に様々な業者が介入して、大幅に利益をとっている。
私たち消費者が、努力して、生産と消費のバランスを上手くとって
いかなければならないのです。…そう、…。」

最後の方はよく聞こえなかったが、かなりマトモなことを
言っている気がした。

だけど、ここでやる必要はないだろう、そう思った。
やるなら、銀座とか渋谷でやるべきだろう。

少なくとも、この街の客のたいていは、一過性のもの欲しさでなく、ちゃんと吟味して買い物をしている。
というか、そうでもしなければ、あんな高価なモノや他から見れば価値のないようなモノを好んで買いはしないだろう。
むしろ、身を削ってでも積極的に商品を買って、この業界に貢献しようという心持さえ感じさせる。

驚きと賛嘆と少しの呆れを感じながらも、
私はいつもの店へと歩みを進めていた。

歩道は、土日だからか、やたらと混んでいた。
目つきのこわそうな人もいれば、真面目な人、さらには外人まで、
本当にいろんな人がこの街にいる。

そこが、この街のいい所でもあるのだが、落ち着いてものを買うには、やはり邪魔に感じてしまうのは否めない。

しかし、この街に来てしまった以上、というか買い物に来たのだから、店に入らないという選択肢は存在しない。

そして、いつもの、青がメインカラーの店の前までやってきた。
建物が縦長な上に、外と変わらない人ごみで、
店の前なのに入る気が失せそうだった。

「魂」や「息」という意味をもつ単語を語源にもつこの店は、その名の通り、買い物していると、なんだか元気になれる。
だが、ここ最近は商品が女性向けに特化してきており、個人的にはちょっと近寄りがたくなってしまった。

ま、とりあえずこの店で毎月発売の雑誌を購入し、次の店へ向かった。
次の店といっても、隣なので移動に苦労することはない。
けれども、私にはこの店に入るのにも多少の心構えが必要なのである。

「…ば、虎児を得ずか」

そう心で思って、店内へと入った。
オレンジを基調とするこちらの店は、さきほどとは逆に男性向けの商品が
多く、中に入れば、じっと立ち止まって商品を見てしまう。

そうやって、毎回、衣服でもないのに紙袋をもらうほど商品を
購入している。

今回ももちろん紙袋を引っさげて店を出て、最後の店に向かった。
最後の店は、ちょっと歩いたところにあり、先の二店舗と比べると
「通」向けな店である。
その店の前まで来てみると、なんだか人だかりができていた。
なんかの撮影でもやってるのかなと思いながら、
その人だかりを避け、店の奥へ入っていった。

「…、に…、ょっ…、!」

店内では、この店のマスコットキャラの声らしきものが聞こえるが、
他の音楽が賑やかなせいかあまりはっきり聞こえない。

そして、この店でも社会人になりたてではあるが、大人買いを敢行し、
駅へと向かった。

両手にいっぱいの荷物。
学生時代は、勉強道具や部活動具で塞がれていたこの二つ手が、
まさか自分の買ったもので塞がれようとは思いもしなかった。

しかし、今やこの重さが、逆に嬉しささえ感じさせてくれる。

「恐ろしいものだな、お金を持つということは」

そう言って自分を戒めたが、たぶん一か月も経たないうちに、
またこの街を訪れ、買い物をし、同じセリフを吐くのだろう。

そうやっていろいろ感じ、考えながら帰りの電車に乗った。

………………………
………………………

そして、自宅の最寄り駅で電車を降りて、両手に重い荷物を考えながら、
ふと思った。

あの街には、公私ともにお世話になってしまうな。

私にとっては、完全にホームな街、いや神聖な場所といっても
いいかもしれない。

アナグラムが指し示す「赤ひバラ」のような、他の街とは違う特色を
持った、また時に危ない香りさえする美しい街で、
あり続けて欲しいと願った。

【完】